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ゆうじのプロフィール

 



始めまして。ゆうじと申します。

このブログに来て頂き、大変ありがとうございます。

36年間彼女無し子供ができない苦悩うつ状態との長い付き合いネットワークビジネスでの失敗脱サラ目指し200万円使うが失敗会社でのパワハラ難病の発覚

などなど、様々な困難を経験しながらも、幸せへの道をあきらめきれなかった。

その後、ある起業家と運命的な出会いを果たしたことで、幸せへの道を着実に歩み始めた、ゆうじのこれまでの人生ストーリーです。

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1.家族をもった幸せ

私は現在43歳。

0歳〜36歳まで彼女無しでした。寂しい青春時代。。。

小さい頃から自分に自信が無くて、女性に声などかけれなかったのです。

そんな私が35歳のとき、一人暮らしの寂しさを紛らすため近所のスナックに通っていました。



そこの人気ホステスが色々と話しを聞いてくれるうちに仲良くなり、縁あって付き合うことになったのです。

36年間彼女なしの男と、スナックの人気ホステスのカップル。

自分でも不思議です。。

くち下手な僕は、彼女を口説き落とすようなことは出来ませんでしたが、私の本気の気持ちが伝ったことが決め手になったようです。

それはそれは私を恨むお客さんが多くて。。。

私へのいやがらせメールもありましたから、夜、町で刺されないかと本気で心配になるくらいでした。。。

そして、1年後にゴールイン!

 



36年間彼女なしの私がどうやってホステスと付き合って結婚まで至ったのか。

興味があれば、こちらの記事をご欄下さい。

一度も彼女がいない男性が美人ホステスと付き合える方法



その後、なかなか子供が出来ず、、妻はなんと7回も流産を経験しました。。

精神的にはもう限界がきていました。

流産7回は、ちょっと聞いたことがない。。。

妻の心の傷はとても深く、他の妊婦さんや赤ちゃん、小さい子供を見ることがとても辛くなっていました。

それが原因で、親戚との付き合いも空回りし始めます。

夫婦喧嘩が絶えなくなり、もう離婚寸前の状態でした。。

のちのち妻から聞きましたが、この時「今月、妊娠できなかったら別れよう・・・」

そう決めていたそうです。

そんな中、その月に奇跡的に妊娠!

7度の流産を乗り越えて元気な男の子を産んでくれました。



その時、妻の年齢は41歳。

もう、ラストチャンスであり、命がけの出産でした。。

1200gという未熟児でしたので、すぐにNICU(新生児特定集中治療室)に入れられました。

しっかり生きのびて欲しい。。1日1日、祈る気持ちでした。

無事に障害もなく成長してくれて、2カ月間の入院の末、晴れて退院することができました。

以下は、同じ状況の不安なご両親に向けて書いた記事です。

未熟児の障害が発覚する時期とは? 親の心構えとは?【動画あり】



その後は問題なく無事にすくすくと育ってくれて、今ではもう3歳。

元気に幼稚園に通っています。



今では子供の成長を1つ1つ妻と喜ぶ毎日を送ることができています。

妻には「ありがとう」の言葉と、苦しんでいる時に守りきれず「ごめんね」、の言葉しかありません。

 

2.会社のストレスとの闘い

今では、そんな家族の幸せを得ることができましたが、会社生活のストレスとの長きに渡る闘いがありました。。

1998年に法政大学を卒業した後、システムエンジニアとして今のIT企業に入社しました。

入社5年目の時に、1人で顧客先に常駐して長期で仕事をすることがありました。

そこでクセの強い顧客に囲まれ、関係がうまく構築できず耐え切れなくなり、うつ状態となりました。。



しばらく休職した後に復帰しましたが、会社からはエンジニアとしての評価を下げられ、営業職のほうに強制的に異動となったのです。

くち下手で、自分にも自身が無かったので営業は一番やりたくない仕事でした。。

しかし、休職までして会社に迷惑をかけたため、反対意見を言えるような状況ではありませんでした。

営業ですから当然、お客さんや社内関連部署と会話する機会が格段に増えます。

お客さんに商品を売ったり、交渉したり、説得するスキルが必須となるのですが、どれもこれも苦手・・・。

苦痛な毎日が続きました。

 

小学校4年生の時にさかのぼります。

教室で自己紹介をする場面があり、大勢の前で立ったまま頭が真っ白になり何もしゃべれず、棒立ち。。



みんなに大笑いされて恥をかきました。。

その出来事を知った親からは、ものすごく怒られました。

なんでそんなことが出来ないんだよ!と。

追い打ちをかけるような言葉で、それはそれは自信喪失となりました…。

怒られたことのほうが辛かったですね。。とても泣きました。

今でも昨日のことのように覚えていて、思い出すだけで胸がしめ付けられるのです。。

私が親となった今、もし息子が自己紹介で何も話せなくて恥をかいても、私は絶対に怒ることはしません。

大丈夫。ぜんぜん気にすることはない。パパだってそうだったよ

と言って、自信を取り戻すようにするでしょう。

子供に自信を付けさせるのが、親の大事な役目だと思っているので。



そんな、人前で恥をかいた事がトラウマになっているのかはわかりませんが、人前で話をすることに強いストレスを感じることは今でも変わっていません。

そんな、自分の苦手なスキルが必須となる営業職は強いストレスがのしかかり、その後も何度かうつ状態となって会社を休むことがありました。。

定期的に心療内科には通っており、軽いうつ状態という診断を受けています。

そこから15年にも渡って、うつ状態が続くことになります。。

 

3.ストレス解消法の模索

会社生活が辛く、幸せな仕事人生が送れているとは思っていませんでしたが、入社10年目ぐらいまでは会社を辞めることは一切考えたことがなかったです。

理由は会社員でいる以外の選択肢を持っていなかったからです。

現在の学校教育は、有能なサラリーマンを育てることが目的。



だから、学校からも親からも、サラリーマンになること以外の教育はされませんでした。

もちろん、そのために多額の教育費を払ってくれて、大学まで出してくれた両親には感謝しています。

しかし、親が敷いてくれたレールに乗ることが一番確実な幸せへの道、と信じていたのに話が違うではないか。。。という思いがあるのも事実です。

いくら仕事が辛かろうと、サラリーマンでいること以外に道はないと思っていました。

そこで私は、会社生活以外でストレスを発散する方法を模索し始めました。

会社生活でストレスがあるのは、もう仕方の無いこと。

それまで夢中になれる趣味が無かったので、ひと時だけでも、仕事を忘れられるぐらい夢中になれる趣味を持ちたいと考え、以下のことを一通りやってみました。

瞑想
英語の教室に通う
スキークラブに入る
スポーツジムに通う
ゴルフの打ちっぱなし場に通う
カート場に通う
合コンに積極的参加!

しかし、どれも長続きはしなかったですね。。

結局、会社の仕事のストレスが強くなってくると、趣味をやっていても仕事で頭がいっぱいになり集中できなくなってしまうのです。

そして趣味への参加がだんだん休みがちとなり、次第にやめていってしまう。。

何をやっても中途半端。。

余計に自信喪失を加速する結果となりました。



今にして思えば、仕事のストレスがそれだけ強いのであれば、それは趣味ではなく、仕事で解決しないことにはストレスは無くならないですね。

仕事から気持ちが逃げれば逃げるほど、ストレスは容赦なく追っかけてきます。

当時はまだ、そんなことにも気づいていませんでした。。

 

4.会社を辞めると親に宣言!

過去に1度だけ親にはっきりと、俺は会社を辞めることにしたと宣言したことがありました。

何があったかと言うと、、、

私の直属の上司が、目上の人にもすごく暴言を吐く人で社内でも有名でした。

課長に向かって、

課長ともあろうお方が、そんなこともわからないんですか!!

使えねぇな!!早く書類だせよ!!

などと平気で目上の人に言ってしまうほど、とてもクセの強い人でした。
(その上司は係長、私は当時、平社員でした。)

年末の最終日に仕事を終えると、職場では恒例で納会が行われます。

1年の仕事を終えて、みんなでお酒を交わしながらその年の苦労をねぎらいます。

1年で一番お酒が美味しい瞬間です。



しかしその上司は、そんなクセのある人物であるため、納会でも誰も近づきません。。

私は直属のたった1人の部下でしたが、いつも我慢して一緒に仕事をしているので、納会のときぐらいはその人に近づきたくもありませんでした。。

私が全く相手にせず、彼が孤立したので矛先が私に向きました。。

納会後にその上司に席に呼び戻されて、いきなり

もう少ししっかり仕事やってくれないかな、来年もお前にガンガン言い続けるからな!



と、捨て台詞のように言われました。

なぜこんなタイミングで、そんなことを言われなきゃいけないのか。

意味がわかりません。

こんな奴となぜ来年もまた、隣の席で仕事しなきゃいけないんだ。

理不尽でならない!もうやってられない!!

それがきっかけで、お正月に親に会社を辞める旨を話したのです。

辞めてその後はどうするんだ? 当然聞かれました。

 

技術翻訳者を目指す!

 

いきなり、突拍子もない話ですよね。。

趣味で英語の教室に通っていたこともあり、TOEICの点数が740点ありました。

悪くもないですが決して良くもない、私らしい中途半端な点数です。。^^;

その英語のスキルと、これまでのエンジニアとして経験を生かせる仕事であり、また、サラリーマンと違って「手に職をつけたい」という思いが、その時は強かったのです。

そこで、「技術翻訳者」という仕事に目をつけたのです。

親からは、

今からそんなことできるのか?

大学まで出て会社に入れたのにもったいない

人生、派遣で終えるのか?

正社員が一番いい、もったいない

こんなような事を言われ、反対されました。

うちは、サラリーマン家系でしたので、予想通りの返答です。

色々と話し合った結果、すぐに会社は辞めず、会社に通いながら通信で翻訳の勉強をしてみることにしました。

ある翻訳学校の講座を受講し、通信教育で勉強を続けました。



しかし、半年ぐらいたった頃でしょうか、勉強していく中で次第に気づきます。

やりたい仕事はこれではないな・・・

仕事を得ることも収入面でも、厳しい職種であることは承知の上でしたが、

今までのエンジニアとしてのスキルが生かせる
英語のスキルが少しある
手に職をつけたい

結局は、強引にこの条件に当てはめただけだったのです。

勉強していても、将来へのワクワクが感じられず、夢も感じられなかったんですね。

ストレスまみれのサラリーマン生活の傍ら、次第に勉強するエネルギーも無くなり、この職種を目指すことは辞めました。

 

第1回、脱サラ作戦、成し遂げられず終了です・・・。(脱サラ作戦は、このあと3回続きます。。)


5.ネットワークビジネスの勧誘を受けて・・・

そんなこんなでサラリーマン人生を迷走しながら、気付いたら入社10年がたっていました。

そんなころ、いつもよく会っていた高校時代の親友(A君)から「ネットワークビジネス(MLM)」に勧誘されました。



よく、「ねずみ講」と言われるビジネスです。
※ねずみ講は悪徳商法で違法ですが、私が勧誘されたのはねずみ講ではなく合法なものです。

A君の家に遊びに行っている時に、A君が入会しているネットワークビジネスについて説明をし始めました。

おおざっぱですが、A君の説明はこんな感じでした。

たったの1万円弱で入会可能。(退会するときは返金してくれる)
ネットワークの上の人だけが儲かる、という仕組みではない
頑張った人だけが、高収益を得られるという真っ当なビジネス
このビジネスは有名大学の講義の中でも教えられている
商品を買ってみて気に入らなければ、全額返金可能。

よって、なんのリスクも無し!

説明を聞いた私は、

これやれば、会社辞められるね!

とコメントし、あっさりこの誘いにOKしました。^^;

ネットワークビジネスの誘いは、通常は断ることが多いですよね。

なぜ、私はあっさりOKしたのか?

理由は以下です。

A君のことをもともと、とても信頼していた。
会社のストレスで弱っており、脱サラできる手段があるなら何でもやってみたかった。
ネットワークビジネスで成功する難しさを全然知らなかった。

勧誘されて大興奮した私は、すぐ次の日にミーティングを受けに行き、詳細な説明を聞いて、はい、即入会!

僕はなんという都合のいい男でしょうか。。。

のちのち、とても後悔することになるのですが。。

その後は、お決まりのように、鍋や調理器具をたくさん買わされ・・・

50万円ぐらいは、買わされたと思います。(涙)



土日にはセミナーやミーティングに、ほぼ強制的に参加させられます。

どこに行っても知らない人ばかり、知らない人と握手ばかり(一緒に成功しよう!という意味で)。

まっある種、宗教に近い感覚はありますね。

次第に、僕を勧誘したA君の僕に対する対応が変わっていきました。

A君は僕に対して、常に命令口調になっていったのです。

仕事が終わったあと、ミーティング会場に駆けつけている時に携帯で、
遅せぇよ!ダッシュだよ!!

セミナーへの出席を断ろうものなら、
あっ、もう君の成功は無いな・・・

ミーティング後の飲み会で誰かが水をこぼしたら、僕に向かって、
お前が拭け!拭け!

A君の家で、他のメンバーと一緒に集まっている時、
今すぐみんなに、~の商品説明をしてみて!

僕が、「えっ、いきなり?」というと
あれだけセミナー出席してるのに説明できないのは、全然身になってない証拠だろ!

そんな調子に変貌したのです。

A君いわく、
お前のアップ(※勧誘した側の人)として、厳しくしないといけないから

と言ってましたが、ちょっと勘違いしてないか。。と思いました。

勧誘した側が偉いとか上司のような立場とか、、全然違うでしょ。

対等なビジネスパートナー、という意識が正しいんじゃないの?と感じてましたけどね。

僕のA君への気持ちは、すっかり萎えてしまいました。

そもそも電話でアポとって知り合いを勧誘するビジネスなんて、

どれだけ確率が低いか。。。

どれだけ友達を失うことか。。。

どれだけのストレスがかかるか。。。

僕にはムリ・・・。

会社員オンリーに戻りたい・・・。

あれだけ会社員を辞めたかった僕が、そこまで思うぐらいもう限界でした。

そう思い始めた頃に、もう1人の別の親友(B君)に実は今こういう事をやっている、と話しました。

彼はその話を聞いて大激怒!すぐに辞めろ!と。

B君はその場で、別の友達まで電話で呼び出して、僕に今すぐ辞めるように説得しました。

ネットワークビジネスをやって友達を全て失い、廃人のようになってしまった人を、B君はよく知っていたからです。

僕は説得されて、正直ホッとしました。
やっと
辞められる、、と。


僕は、勧誘活動をやる前に退会したので、友人を全て失うような大きな傷を負わずに済んだので良かったと思っています。

A君に退会する旨のメールをしましたがその後、A君からはジャンジャン携帯に電話がかかってきました。

話しもしたく無かったので、電話には出ませんでした。

しかし、A君と僕の共通の友達で、障害者の友人が1人います。

高校時代からの友人ですが、20代の時に不慮の事故により一生背負わなければならない障害を負うことになってしまったのです。



その障害者の友達は、僕とA君の2人しか友人がいないのです。

ネットワークビジネスによる、わだかまりはありましたが、その障害者の友人のためにもA君と連絡を取らないといけない。

手を取り合わないといけない、と思いました。

その思いがきっかけとなり、退会から3年後ぐらいにA君と再会することになりました。

暗黙の了解で、A君とはあの時のネットワークビジネスの話は一切しませんでした。

話には出ませんが、どうやら彼も僕が退会した後に、すぐに辞めたようです。

どうにか現在では、A君と障害者の友達と、3人で時々会ってランチをするまでに関係は回復しました。

ネットワークビジネスを全て否定するつもりはありません。

しかし、もし興味がある場合には、

このような結末になる可能性があることは認識しておいて欲しいです。

本当にこのビジネスに取り組んでいくかは、よくよく吟味する必要があります。

というわけで、

第2回脱サラ作戦、成し遂げられず、今回も終了です。

 

しかし、このネットワークビジネスの一連の活動を経験して、良いこともありました。

以下のことを知ることが出来たことです。

会社員のような「労働収入(働いた分だけお金をもらう)」では、本当の意味での自由を得ることが出来ない

 今までは、忙しくアクセク働き続けること、遅い時間まで働くことが美学だと思っていました。

実家から会社に通っていた頃、休日出勤続きでも親は安心して喜んでいました。

このご時勢、仕事があることはありがたいことだよと。

僕の中では、そんな考え方は大きくくつがえりました。

そしてまた、次なる脱サラの方法を模索することになったのです。

 

6.アフィリエイトをやってみるが10年間上手くいかず・・・

といっても、労働収入とは違うビジネスなど全く知らず。。

何かないものか、、漠然と思いながら何気なくレンタルビデオ店の中をふらっと歩いていました。

それが、今から10年程前のことです。

ある棚にビジネスについてのコーナーがありました。

「ヤフオクで稼ぐ方法」「ビジネスオーナーになる方法」など、いろんなビジネスについてのDVDがあり、一通りレンタルして見ました。

その中で、「誰でも稼げるアフィリエイ入門」というDVDを見たときに、これは労働での収入とは全然違う、そして簡単そうだし自分でも出来そうだな、と思ったのでした。

宇都宮餃子祭り(ひらめき)

これが、アフィリエイトというビジネスとの出会いでした。

※アフィリエイトとは、サイトやブログに広告を掲載して、その成果に応じて報酬を得る仕組みです。
以下の記事の中でも紹介していますので、参照下さい。

サラリーマンの小遣い稼ぎの方法。奥さんに内緒で、こっそり稼いじゃおう…?



このアフィリエイトで稼ごう。

これなら自分にも出来そうだ。

これなら間違いない。

そんな根拠の無い決意を固めました!

このアフィリエイトのDVDが面白かったので、DVDに登場する先生が主催しているアフィリエイトスクールに、すぐに入会しました。

入会金は20万円ぐらいだったと思います。

このスクールで教えてもらいながら「結婚式 スピーチ 例文」というブログを作りました。

月数千円ぐらい収入を得られましたが、そこで頭打ち。

これ以上、売上を上げる方法はない、との講師の方からの指導で更新をストップさせました。

ちなみに以下のブログです。記念すべき、僕の初ブログ。
結婚式 スピーチ 例文

稼ぎたいよ~という意識がムンムン出ています。

広告がペタペタ張られており、ヘッダーも怪しげですね。。^^;

その後、このアフィリエイトスクールの1人の講師が独立し、アフィリエイトのコンサルタントを始めました。

なんと月30万円を達成するまで、責任もって一生涯コンサルします!

という、ありがたいサービスを始めたのです。

コンサル料は、¥98,000一括のみ。

即効で申し込みましたよ!

このコンサルタントの教えによって、毎月5万~10万円はコンスタントに稼ぎました。

1年間の収入は100万円を超えました。

 

しかし、長くは続きません・・・

 

このコンサルタントが教えてくれたのは、オリジナルの内容がないサイトを量産するノウハウでした。

賢いGoogleがいつまでもそんなサイトを評価してくれるはずがありません。

収入はどんどん下がり、平均月1~2万円ぐらいとなりました。

そこで、どうすれば良いか相談しようと思い、そのコンサルタントにメールで連絡したところ、もうメールアドレスが無くなっており連絡がつかなくなっていました。

一生涯保障はどこえやら・・・(怒)



しかし、このコンサルタントのお陰で、コンサル料(¥98,000)の10倍以上は稼がせてもらったので諦めることにしました。

さて、ここから先の行動は自分でも覚えていないぐらい、迷走していました・・・。

アフィリエイトを中心とした稼ぐ系の教材を買ってやってみるけども稼げない・・・。

諦める・・・。

また別の教材を買ってやってみる。

やっぱり稼げない・・・。

そしてまた、別の教材を買う。

これを繰り替えしました。

こういう人のことをノウハウコレクターと呼びます。

稼ぐ系の教材を次から次に買ってやってみるけど、ぜんぜん稼げない人。

僕は、典型的なノウハウコレクターとなっていました・・・。

稼ぐ系の教材は、1つ2万円ぐらいします。

次々買って、全部で100万円は使ったと思います。。。(涙)



どんな教材を買ったのか、どんな風に作業を進めたのかも、全部は覚えていません。

色々やりすぎて、一点集中して作業していないので、あまり記憶にも残っていないのです。

まとまった収入は、全く得られませんでした。

そんな状態のまま、アフィリエイトに取り組んでから10年がたってしまいました。

稼ぐ自信も無くなりました。

 

だれか答えを教えて。。。



そんな悲痛な叫びを唱えてみましたが、ちょうどその頃に結婚したこともあって、以前のようにコンサルタントに払える高額なお金などありません。

でも、でも、僕は・・・

家族も手に入れた。

子宝にも恵まれた。

家族3人で暮らしていくぐらいの収入もある。

自分は幸せなんだ!

そう言い聞かせました。

もう、本当に脱サラは諦めよう。。。

 

第3回、サラ作戦、またしても成し遂げられず、、、

 

この時はもう、完全に脱サラは諦めていました。

※しかしこの後、ある起業家と運命的な出会い果たすことで、最後の脱サラ作戦へと進むことになります・・・

 

7.このブログを始めた目的

もう脱サラのことは考えませんでした。。

どうしても、会社での仕事にやりがいを見出せずにいました。

そこで、かつてのように楽しむだけの趣味をやるのではなく、やりがい、生きがいになることはないか…を考えました。

自分の存在価値を見出したかったのです。

そんな中、コピーライティングという世界がある事を知りました。

一言で言えば、「文章で人に価値を伝えるスキル」。



まがりなりにも営業を15年も続けてきたので、人に物の価値をうまく伝えるにはどうしたら良いかを、考えてきました。

話すことに苦手意識があるのなら、文章で人に価値を伝えるのはどうかな。

 

文章で世の中に貢献してみるのはどうかな、と考えたのです。

何万人もの人に私の文章で、何かしらの価値を伝えられたら。

影響を与えられたら。

面白そうだな。

幼少期の頃から自分に自信がなく、会社生活でも自信喪失になっていた自分が生きがいを感じられるのではないか、と考えたのです。

今は、インターネットがあります。

世界中に多大な影響を与えるチャンスが、どんな人でも平等に与えられています。



よく言われますが、インターネットはまさに神様が与えてくれた産物。

こんな、右往左往してきた僕にも、そんなチャンスがあるんです。

そして、だれでも無料で情報発信ができるブログがあります。

 

やってみよう!

 

しかし、肝心なこと。

何の情報を発信したら人に喜ばれるのかな、役に立てるのかな。

なんの取りえもない僕が、世の中に役立つ情報など発信できるのかな。。

色々考えました、、、

結論。

日常の中で自分が知って役立ったこと、悩んだ末に解決できたことを他の人にも伝えてあげる。

これなら僕にも出来そうだ。

これだったら特定の人達ではなく、より多くの人に役立つ情報が発信できる。

多くの人に影響を与えられる。

これでいこう!

と考えました。

 

それが、このブログを始めた目的です。

 

スマホの充電がすぐなるなる、嫌だな。。いい方法はないのかな
英語の勉強って、これから本当に必要なのかな?
男の子、女の子を産み分けるって、どうやるのかな?
息子の頭がゆがんでるんだけど、治るのかな?
脳のMRI検査を受けた時、自分は閉所恐怖症だから辛かった。。対策法は?
子供連れて行きたいお祭りがあるんだけど、駐車場はあるのかな?

こんな情報を発信し続けてみたところ、今では毎月数万人もの人々に、このブログを見てもらえるまでになりました。

最近は、読者さんから体験談などもいただける様になり、とてもうれしいです。

たくさんの人の悩みを解決し、役立つ情報が発信できているんだと実感しています。

このブログのお陰で、私もこれまでにない自分の存在価値を感じています。

小学校の教室で自己紹介すら出来なかった自分が、何万人もの人に自分の言葉で価値を届けている。

そう思うだけでも、感慨深いものがあります。

インターネット、ありがとう。

これからも役立つ情報を発信し、もっともっと多くの人に「あっ、そうなんだぁ~!」と思ってもらえるような情報を提供していきます。

 

8.会社で逆パワハラを受ける・・・

このブログを始めたことで、楽しみ生きがいを感じられるようになりました。

脱サラはもう考えていなかった頃ですが、また試練が発生します。。。

その後、僕は平社員から主任(係長)に昇格することが出来ました。

そして初めて、私の下に部下が付きました。

入社2年目の女性でした。

非常に意欲的でやり手の女性でしたが、いわゆる「ゆとり世代」。

僕のように詰め込み教育を受けてきた世代とは価値観が違うのか、とにかく仕事の好き嫌いが激しい。。
(「ゆとり世代」のせいにしてはいけませんが。。)

仕事は趣味じゃないからやりたい仕事だけやるのは言語道断。

と、上司から教わってきた僕からすると、理解できない事が多かった。。

僕から嫌いな仕事を押し付けられている、という意識があったようで次第に僕へのいら立ちを増していきます。

「降格して下さい!」

などという言葉を平気で僕に言ってくるようになりました。

私にクリップや書類を投げつけてくることもありました。



いわゆる「逆パワハラ」、に値すると思います。

ご存知ですか?

パワハラというのは上司から部下に対するものだけではなく、部下から上司に対する逆パワハラというのもあります。

この時の苦悩の経験から、記事を書いていますので良かったらご欄下さい。

部下からの逆パワハラとは?ターゲットになってしまう上司とは?【動画あり】



彼女の上司(僕)への振るまいは良くないと思いますが、当然、僕にも原因はあります。

何かにつけて突っかかってくる彼女に対して、ある時から親身に指導する気が薄れてしまい最低限のことしか話をしなくしました。

部下とのコミュニケーション不足が発生し、当然、仕事も上手く回らなくなります。

ますます関係は悪化。

見かねた僕の上司が、彼女を配置転換させて僕の下からは外れていきました。

1人の部下も指導することが出来ず、上司の私への評価は下がりました。

彼女はその後、外資系の会社に転職していきました。

彼女は生まれ持った明るさがあり、顧客との関係構築のスピードもめちゃめちゃ早い。

営業としての天性のスキルを感じました。

私の会社は、リストラの波が吹き荒れており、仕事ができない人はどんどん肩たたきに合っています。

 

自分が果たしてリストラに合わず、定年を迎えられるのか。。。

 

部下の彼女を目の当たりにして、それは難しい… と実感しました。

肩たたきに怯えながら、どうにか60歳定年を迎えられたとしても、それで幸せな会社人生であったと振り返れるのか。

そう思うと、むなしさが込み上げてきました。。

このブログを始めたことで、ブログによる情報発信に面白さ、やりがいを感じていました。

そこで、以前に取り組んでいたアフィリエイトなど、インターネットを使ったビジネスに再度、トライしてみようと思いました。

第4回 脱サラ作戦、開始です。

 

9.難病の発覚

10年間アフィリエイトで上手くいかず、もがき苦しんでいるさなか、僕にはある難病が発覚していました。

初めて人間ドックを受けた35歳の時、肺に大きな影がみつかり精密検査を受けました。

判明した病名はサルコイドーシス

聞いたことないですよね?

ラテン語で「肉のようなものができる病気」という意味。

それが肺に出来ました。

癌とは違って悪性疾患ではなく、他人に感染するものでもありません。

8割は自然治癒するのですが、2割は慢性化して数%の人は死にいたります。

原因不明であり、厚生労働省から難病指定されています。

経過観察中ですが、幸いその後の経過は順調で今はほぼ完治しています。

しかし、再発もある病気であるため、今でも不安は続いています。

 

実はこの病気によって、とても困ったことがありました、、、

この病気になったことで、生命保険に入れないのです。

 

生命保険は独身の時に入っていたのですが、死亡しても葬式代ぐらいしか出ません。

独り者でしたから、安い保険にしか入っていなかったのです。

家族を持つこととなり、生命保険を高いものに変える必要があったのですが、この病気がネックとなり入ることが出来ないのです。。

それはそれは、ショックでしたね。

また、そんなに重い病気なのだと、あらためて実感した次第です。。

 

僕にもしもの事があっても、家族にお金も残せてあげられない。

 

情けない。。

 

今の給料から毎月少しづつ貯金するしかありませんが、あとあと家族が困らないぐらい貯金できるか、と考えたらやっぱり難しいです。

 

そのためにも脱サラして起業し、大きく稼げるようになりたい!

 

自分のため、そして家族のためにも。

そう強く思うようになりました。

 

また、会社で生き残っていくことの限界を感じたこともあり、再度、脱サラへの意欲を固めていったのでした。

 

10.ある起業家との運命の出会い

これまで脱サラ、起業に向けて行動を起こしてはやめ、行動を起こしてはやめ、の繰り返し・・・

これまで脱サラ実現のために使ったお金は、200万円ぐらいにはなると思います。。



そんな事をしている間に年齢も43歳となり、人生も折り返しに差しかかりました。

人生を軌道修正し、幸せな時間を沢山過ごすのであれば、もうあと戻りしている時間はありません。

今度は何で脱サラしようとしたか・・・

以前、アフィリエイトで10万円以上稼いだ経験があることから、アフィリエイトの魅力、可能性が忘れられませんでした。

もう1度、アフィリエイトに再チャレンジしようと決めました。

しかし、もう失敗はしたくありません。時間もありません。

そこで考えたこと。

 

アフィリエイトで成功した人に弟子入りしよう。

 

そして、その人の言う通りに実行しよう。

そう考えて、師匠になってくれる人を探しました。

しかし、お小遣い2万円の僕にとってはコンサル料を払う余裕など、もうありません。
※個人コンサルを受ける場合、コンサル料の相場は半年で30万円とか50万円です。

そこで考えました。

どなたか、成果報酬型で契約してくれないかな。

簡単に言うと、私が稼げるようになってからコンサル料を払う、ということ。

今にして思えば、都合の良すぎる考えですが。。

それで、僕のコンサルタントになってくれる人はいませんか?

と、某掲示板に載せました。

しかし、僕のこの書き込みに対して、以下のような非難の書き込みが殺到しました。

その歳までなぜ行動しなかった?今ごろ何言ってる?
メンタルの疾患なら病気を治すのが先では?
家族のことを考えて、サラリーマンでいるべき。
成果報酬なんて乞食(こじき)。

などなど。

悔しいな・・・と思いながらも、彼らのコメントが正解であり、これが現実なのかな。。。

 

脱サラ挑戦も、これで本当に終わりかな。。

 

そんなことを思っていたところ、以下の書き込みをしてくれた方が現れました。

こんにちは。

私で良かったらお力になりましょうか?

2年前に映像制作で起業した者です。

アフィリエイトではまだ大きな成果を出していませんが、成功への道筋は熟知しています。

私は、40代でも必ず人生を変えられると思っています。

また、教えることは私の勉強にもなるので、コンサル料はいただかなくて結構です。

もし興味があればご連絡ください。

これを見た時、、

 

あぁ、幸せになれるのかもしれない・・・

 

本当にうれしかったですね。

この文面だけで、人間的にもステージの高い人であることが感じ取れました。

お願いします!

もちろん、そうお返事させてもらいました。

 

それ以降、この方を師匠として、私の最後の挑戦が始まります。

この師匠に教わり、自分がどう変わっていったか。

 

続きの記事を作成中です。少しお待ち下さい…。

 

~ここまでお読み頂き、ありがとうございます。~

     

Comment

  1. 東風 より:

    はじめまして、ずーみーさんのブログからやってきました。
    只々、
    ゆうじさんの成功を応援しています。

    そして、後に続こうと決意しブログを読んでいたところです。

    勉強させていただきます!

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  • はじめまして。当ブログ管理人のゆうじと申します。私は都内に本社を持つIT企業に勤めており、サラリーマン歴20年になります。

    ・36年間彼女無し・・・
    ・子供ができない苦悩・・・
    ・うつ状態との長い付き合い・・・
    ・ネットワークビジネスでの失敗・・・
    ・脱サラ目指し200万円使い失敗・・・
    ・会社でのパワハラ・・・
    ・難病の発覚・・・

    そんな経験を乗り越えた、ゆうじの波乱人生はこちらをご欄ください。
    ゆうじのこれまでの波乱人生

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